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<   2010年 12月 ( 8 )   > この月の画像一覧

30年ぶり? の大雪

■ 12月29日 30年ぶりの大雪に見舞われた年末になりました。
         私のハウスは倒壊を免れたのですが周辺のハウスは想像を絶する
         棟数が被害を受けています。
         27日の NOSI の対応。被害状況の確認と2次災害(人身事故)
         防止の呼びかけ、今後の対応についての連絡が入ってきました。
         不安で、且つ焦りが先にたっている私達にとって心丈夫にさせて
         くれる有り難い思いやりでした。
         たとえ仕事とは言え、それぞれが孤立してしまいがちなときに
         心配と励ましの声は何にも増して有り難いものでした。   

■ 24日の夕方から降り始めた雪は、風もなくサラサラという微かな音を聞かせながら
  静かに、そして絶え間なく降り続き25日の朝には50cm程になっていた。
  25日は終日降り続き、翌26日はハウスの周りで120cm程まで増えていた。
  
  当然のことながらハウスは全て雪に埋もれ、県道から100m程離れた場所にある
  ハウスまで行くのに1時間ほど掛かってしまった。 新雪だけでこれだけ積もると
  カンジキを履いては歩けない。かえって邪魔になってしまう。仕方なくカンジキを
  脱ぎ、胸まである雪をスコップで掻き分けながら進むのだが、胸の高さでのスコップ
  使いは思うように雪を除けることは出来ず、1m進むのに10回ほどスコップを振らな
  ければならず、腕が痛くなる。そこに若い頃よりは確実に衰えた足が思うように上がら
  なくなっていて、気持ちはあせっても前に進むことも出来ない。
  そんなこんなでハウスに着いたときはクタクタになっていた。

  ハウスの屋根には50cmほど雪が乗った状態。おまけに屋根から滑り落ちた雪で
  ハウスのサイドは私の背丈ほどの積雪になっていた。
  私の小さな除雪機では何の役にも立たず、さればとてスコップ一丁と自分一人の
  力ではこの雪に立ち向かうことは無駄な抵抗と諦め、屋根ビニルを切ってパイプだけを
  助けようと、用意していった道具(竹竿の先に包丁をくくりつけた物)を持ってハウスの
  中に入ってみたら、カチン、ピシリと微かに、それでいて不気味な音がする。雪の重みに
  耐え切れずパイプが鳴いている。限界に達している証拠。ハウス内での作業は命の危険と
  判断して外に出る。重みで倒壊するハウスを見ているのはどうにも耐えがたく、全滅を
  覚悟でハウスを後にした。

  家に戻ると、今朝除雪した駅のホームはもう30cmを越える雪に埋もれ、また除雪。
  2時間ほど掛かってしまった。終ったのが10時。朝3時半から休み無くの作業と
  空腹で体力も限界。仕方なく遅い朝飯を食べ一休みして外に出ると、ホームはまた雪で
  いっぱいになっていた。只見線は終日運休との放送がされていたが、どのようなことが
  あってもホームの除雪をやめることは出来ず、また除雪。この日は都合4回、計8時間
  駅の除雪に暮れた。その合間にハウスに行って見ると神の助けかパイプの棟木部分の
  雪が割れ微かに光が差し込んでいるのが妻面から見えた。もしかするとハウスは助かる
  かも知れないと思ったがなんにしても手が出せる状態ではなかった。

  25日の午後から夜にかけハウスの周りの雪をスコップで掻き退けて置いたお陰か?
  僅かに屋根の雪が左右に分かれてくれたのだ。暗闇の中での雪かきは辛かったが
  自分の出来ることはそれしかなかった。もしそれが役に立ったとしたら幸運としか
  言いようが無く、結果パイプが助かったならばそれはまさに神仏のなせる業、思わず
  手を合わせて拝んでしまった。苦しいときの神頼みそんな一日だった。

■ 27日太陽が顔を出してくれ、何とかパイプも持ちこたえてくれたのだが、棟木部分を
  残し屋根には雪が乗った状態だったので、その雪を掘り捨てパイプの肩下50cm程度
  見えるまで除雪した。夜8時まで掛かってようやく2棟は終了したのだが、疲れで
  これ以上の作業は無理と判断し、残り2棟はそのままにして帰宅。
  
  28日朝、友人から電話。『ハウスは大丈夫か』との声 『何とか助かっているので
  側の雪を掘っている』と言ったら『手伝ってやるよ』との返事。有り難かった。
  応援を得て28日夕方まで掛かって何とか4棟の肩部分が見えるまで除雪できた。
  
■ そんなことで私自身のハウスは助かってくれた。ただし積雪の時期はまだ始まった
  ばかり、この後が本来の積雪期間、これからまた何が起きるか判らない。今回は
  幸運にも助かったが、今一度気を引き締めて新年を迎えたいと思う。

  カスミソウ(みやび)とキンセンカは残りました。雪が除かれ光が入ってきた
  ハウスの中で彼女達も喜んでいるように見えます。

  洋花部会の会員との連絡を取ることも出来ない日々でした。被害が無いことを
  祈りながらも自分を守ることが精一杯の日々でした。少しでも被害が少ないこと
  ケガ等の事故が無いことを祈らずにはいられません。
by taka1562t | 2010-12-29 06:05 | 日々の記録

清姫の思い出

■ 12月22日 我が家にいた最後の馬。清姫(キヨヒメ)の事。

■ 昭和26年6月16日 耶麻郡山都町(現 喜多方市)生まれ。農耕馬としては比較的
  小型の馬。何でも競走馬の血を引き継いでいるとかでめっぽう足が速く、その上
  気が強くて私の言う事などは聞く耳もたずの態度が見え見えのヤツだった。

  私より生まれたのが3ヶ月ほど遅い彼女が、我が家に来たのは7歳の時。私はまだ
  子供。彼女は立派なオトナ。要するに彼女にとっては私が何歳になっても子供のまま。
  年下の私の言う事など聞く耳を持つはずがなかった。私たちはそんな関係で20歳まで
  一緒に暮らした。

  春、まだ雪で道路が開けない4月始め彼女は耕馬(コウバ)として里に出稼ぎに行った。
  引き受け先の春田耕い(ハルタウナイ)に行っていた。50日が彼女の奉公期間だった
  と記憶している。
  稼ぎ先の農家の田畑を馬耕で耕し、田んぼの代掻きまでが彼女の仕事だった。連日の
  きつい作業と、『どうせ借りた馬、使えるだけ使え』そんな意識があったかどうかは
  知らないが、とにかくこき使われていたように思う。約束の日を待ち遠しく過ごして
  父は迎えに行っていた。帰りには米2俵を背にして帰ってきた。我が家を出るときは
  冬の間に丸々と太っていた身体があばら骨が見えるほどガタガタに痩せて帰ってきた。
  そんな彼女をバアチャンや母は涙を浮かべ出迎えていた。そして前日から煮ておいた
  豆と細かく切った藁、その上に朝多めに作っておいた味噌汁と米ぬかをまぶして食べ
  させた。自分達の生活のため他人様の家で頑張って働いた彼女に対しての、精一杯の
  ねぎらいだったのだろうと思う。
  カイバ桶を彼女の前に置きながらバアチャンが独り言のように語りかけながら涙を
  流していた姿を50年たった今でも忘れることは出来ない。 そんなバアチャンの
  姿に影響されたかどうか記憶にはないのだが、まだ子供だった私と妹の二人で草を
  取って来て食べさせようとした時の彼女の目に涙のようなものが流れていたことも
  忘れられない記憶の1コマでもある。今にして思う彼女がどんな50日を過ごして
  来たのか? と。 彼女が背負ってきた2表の米は家族の多かった我が家にとっては
  貴重な物だったに違いはないのだが、その頃私たちに彼女に対して果たしてどれ程の
  感謝の気持ちがあったのだろうか? ただ『馬だから当たり前』くらいの気持ちしか
  なかったのではないかと思うと、今にして心が痛む。

                                この後は後日 
   
  
by taka1562t | 2010-12-22 23:53 | ウサギ追いし
■ 12月22日 昨日(21日)残っていたハウスを整理し屋根をはずして、採花は終了
       しました。ただし冬越しハウスの みやび は2棟まだ採花を続けます。
       いよいよ冬モードに入ります。

■ ハウスの整理をしながら採花した若切りのカスミソウが、しっかりと開花したので
  明日ポラリス2ケース、みやび2ケース 計4ケース出荷します。もう一歩で出荷
  できる物が10ケース分程あり、そのほかに冬越しハウスの みやびもあるので
  今しばらく出荷は継続できそうです。出荷終了のつもりがまだ終りそうもありません。
  昨年同様、7ヶ月間の出荷になりました。

■ 明日からは冬越しハウスの二重張り作業と、先日玉切りしておいた薪割りの毎日に
  なります。そして雪が降らなければ山採りのリョーブ、クロモジ、キフジの切出しに
  山に入ろうと思っています。ただしこの後の予報を見ると雪ダルマさんの行列の様子。
  果たしてどうなることか? なんにしても天気次第になります。 
  
  もっとも雪が降れば根岸駅の除雪とハウスの除雪の毎日になりますので、山には
  入れません。
  ハウスの作業から開放されやっと山に入れると思ったら、もう今年も残り少なくなって
  いました。何時ものこととは言え、山に行くのが楽しみな私には少し淋しい気がします。
  これからの山は、草が倒れ、木の葉は落ちどこまでも見通しが利くし、熊も冬眠に入り
  危険も少なくなり一番良い時期なのですが、いかんせん雪が降れば何も出来なくなり
  ます。 雪の山は熊よりも何よりも恐ろしい。 これは山で生まれ育った人間にしか
  判らないことかも知れないのですが・・・。 
  少しでも危険と判断したら春まで山には入らない。これは山に入る者の鉄則です。
by taka1562t | 2010-12-22 22:57 | かすみ草

カスミソウ終了作業中

■ 12月20日 昨日残っていたハウスの整理4棟。 残るはベールスター2棟。
       終了作業もあと僅かになりました。

■ 今日雨が降らなければ残り2棟を強制終了するつもり。でも中で頑張っている
  彼女達を切り倒す勇気が沸いてくるかどうか? またグズグズ仕事になりそうな
  気配。 冬越しハウスのみやびが2棟あるのだから終了すべきと理屈では判っている
  つもりが気持ちが伴わない。何時ものことです。

■ 以前から悩んでいた野生の枝物の名前がやっと判明しました。マサキノカズラでした。
  山に入るたびに気になっていたのですが、教えて頂ける方もいなかったので
  先日お世話になっている花店に持ち込み社長さんに聞いたところ、マサキの仲間では
  ないか? とまで聞いてその後参考書を見ていたら載っていました。正しくは
  テイカズラと言うようです。果たして何かに使える物なのかどうかも判りませんが
  何となく気になるヤツです。

 
by taka1562t | 2010-12-20 06:14 | 日々の記録

薪切り終了

■ 12月15日 冬の間ハウスで焚く薪の玉切りを昨日終了しました。この後まだ割る仕事は
        残っていますがとりあえずハウス内に搬入しました。時間のある時に割り
        ながら使っていこうと思っています。

■ 予報では雪とのことでしたので張り切って早起きしてみましたが今朝もまた雨でした。
  駅の除雪は不要でした。昨年は11月に雪が降り、まだJRさんとの契約は済んで
  いなかったにもかかわらず急遽作業をしたような訳で今年は契約日を10日ほど早めて
  くれたのですがまだ除雪作業はしていません。週2回の駅の清掃だけで済んでいます。
  なんにしても雪がないのが一番良い。 もうしばらく降らないことを祈りながらの
  毎日です。

■ 先日から整理していた長尾圃場のほうも今日不要なパイプを引き取りに来てくれるとの
  こと。ついでに壊れて使えなくなった耕運機、その他も処分をお願いし片付きます。
  後はまだ使用したいパイプを各圃場に移動するだけになりました。
  畑に残っているグラジオラスの球根の始末は春に持ち越しになりますが何とか表面的には
  片付いたので一安心です。

■ 今日はポラリス、ベールスターの採花をする予定。おそらく今年最後になりそうです。
  それでも冬越しハウスの みやび は残りますのでまだしばらくはカスミソウを見て
  過ごせそうです。例年だと間もなく咲き始めるキンセンカがあるのですが今年は
  春彼岸に向けて作りましたのでまだ咲きません。春の開花を楽しみに手入れして
  行こうと思っています。 
by taka1562t | 2010-12-15 03:53 | 日々の記録

趣味?それとも仕事?

■ 12月13日 昨日午後、文字通り『ウドの大木』を切り倒しました。茎の直径約5cm
       長さ3mから4mも伸びた『タイボク』の切り倒しは、僅か150株ほどしか
       ないのですが、鉈を振るって一仕事になってしまいました。今朝は体の
       あちこちが痛くなっています。春の収穫が楽しみで、私は特に生のまま
       味噌をつけてかじるのが大好きです。これを食うと春、自然の力を貰った
       ようで何となく体がしっかりして来るような気になります。

■ 先日からお願いしておいた種子が手に入ったので、蒔き付けをしました。何かは
  秘密です。今まで何回も失敗してきたものなので今回も静かにやりたいと思って
  います。来春無事発芽してくれることを楽しみにしています。ついでに挿し木も
  やってみました。先日の福島の勉強会で先輩各氏からご指導戴いたのでその通り
  にしました。果たしてどうなることか? これも来春の楽しみです。

  何でも面白そうなことがあればすぐにやってみたくなる。『いい年をして』と
  兄弟達には不評を買うのだが、止められない。なんと言われてもこれが私の
  もうひとつの生きがいだから。結果無駄になることが多いのだがそれもまた
  楽しみのうち。失敗する中で結構自分では勉強しているような気もするし
  失敗してなをカスミソウの大切さを自覚させられることも多い。
   
  何歳になっても『物好き病』は直りそうもない。

■ しばらくぶりで『タカシさん』のページを開く。若かりし頃の写真を見る。この頃
  かな? 矢の原のヘアピンカーブ下の畑でタカシさんに出会ったのは。あの時
  確か彼はレタスを手に持っていたような気がする。〇〇年前の記憶。懐かしい。
by taka1562t | 2010-12-13 03:56 | 日々の記録

アルタイル強制終了

■ 12月13日 11日 1日がかりでアルタイル2棟とメモリーホワイト計3棟を強制終了
       しました。残っていたのは芯切り後の枝が強く上がってきたものが
       ほとんどだったので草姿が乱れ長さはあっても短いサイズしか取れなく
       なっていたので、雪の予報に背中を押され終了することとし、残りを
       整理し被覆をはがし、サイドロープ、ネット、通路シートを撤去するのに
       3棟でほぼ1日かかってしまいました。
       残るはポラリス2棟、ベールスター3棟となりました。これも終了に向け
       今日からハウス内の残茎の整理に入ります。今度の晴れの日には被覆を
       はずし終了します。
       22年のカスミソウも終了が目前になりました。

■ 今年後半の作柄で思ったこと(経験したこと)
  高温(好天)経過の環境の中で品種の特徴が例年よりも謙虚に現れたこと。
  5月、6月上旬定植までのアルタイル、ベールスター、ポラリスは全て2番花まで
  採花できた事。 例年だと7月中の切戻し以外は開花に至らなかったものが
  切戻し後の生育が早く降雪前までにほぼ取り終えることができた事は初めての
  経験でした。 特にポラリスは6月10日定植で8月下旬から採花、現在まで休まず
  切り続けました。もちろん1回の切り本数は少ないのですが出荷のたびに必ずと
  言っていいほどこれだけは続きました。
  またベールスターの8月16日切戻し2番花が開花し、出荷できたことは驚きでした。
  本来2番花を狙った仕事ではなく、最後のネット取りが楽になるよう残茎を整理した
  つもりが、9月上旬には張ったままのネットに届く勢いだったのでそのまま放置して
  おいた結果、10月中旬から開花し、だらだら切りにはなりましたが現在まだ採花中
  です。
  これだけ長く採花できたのは芯を切った後次々と下芽が上がってくるため切っても
  切っても残っている茎が減らない。こんな現象は今までポラリス以外は経験の無い事
  でした。恐るべきベールスターの力です。
  こんな現象が現れたのはおそらく今年限りのことだろうとも思っています。高めの
  気温と例年に無い日照が彼女達をだましてしまったのではないかと考えています。
  
  『カスミソウは光草』 これは私の勝手な思いですが、今年の生育経過を見ていると
  当たらずとも遠からずの思いを強くします。
  盆地特有の夜の気温が下がらない、さらに昼間の高温の中でもそれに合った管理さえ
  出来ればカスミソウは持っている力を充分に発揮することが出来る。ただしそれには
  多くの日照が不可欠の要因になるとも思う。要するに日照と気温と土中養水分との
  バランスの問題であり、現在の品種の中には幅広い適応性を持ったものがあることで
  決して高冷地とは呼べない場所でも産地を作っていくことは不可能ではないように思う。

■ 来年度からカスミソウを栽培してみたいと言う方が先日JAの担当者と見えられました。
  同じ町内の方でもあり、やる気もある方のようなので出来る限り応援して行きたいと
  思っています。現在菊の栽培もされているのでいきなり全てカスミソウに切り替える
  ことが出来るかどうかは別として、なるべく私たちの仲間になってくれるよう願って
  います。要は本人のやる気次第なので是非頑張って欲しいと思っています。


  
    
by taka1562t | 2010-12-13 03:18 | かすみ草

カスミソウ週2回出荷へ

■ 12月8日 5月下旬から続いていた週3回の出荷が今週から2回になり
        出荷もいよいよ終わりに近づいています。強制終了も含めて
        後片付けの毎日になります。

■ サンゴミズキの出荷も5日の出荷で終了しました。残るはユーカリのみになります。
  出荷するものが無くなって来ると何となく淋しい気もします。 そこで昨日山へ
  入りダンゴノ木(ミズキ)を切ってきました。これは小正月のダンゴ刺し用の木で
  会津の野菜市場に出荷します。昨年は切る暇がなく出荷できなかったのですが
  今年は出荷できそうです。

■ 撤退のため整理していた長尾圃場も物置ハウスの解体だけになりました。
  整理整頓が苦手な私の性格か? 物置の中の品物の整理には思いのほか時間を
  要してしまいました。不要物と今後使用するものとの振り分けが思うように進みま
  せんでした。そこで22年に使用しなかった物は処分すると決め、ようやく仕事が
  進んだ次第です。

  11年にカスミソウ栽培を中断し12年から本格的に再出発した私には、たとえ
  どんな物でもそれぞれに思い出があります。窮屈な予算をやりくりしながら買い
  求めたものがほとんどです。『もったいない何時かまた使うだろう』そう思って
  残しておいたものですがこの際思い切って処分しました。
  解体する物置ハウスは妹宅に移設し農機具庫に生まれ変わる予定です。これは
  来春になることと思います。
by taka1562t | 2010-12-08 04:10 | 日々の記録